多店舗展開を進めるチェーン企業において、「幹部候補が育たない」という問題は極めて深刻です。現場は回っていても、事業拡大を担う経営人材が育たず、意思決定が一部に集中することで、出店スピードの低下や人材流出を招くケースは少なくありません。
こうした課題への打ち手として注目されているのが、「のれん分け(社員独立制度)」を人材育成に組み込む考え方です。これを多店舗展開と連動した育成スキームとして設計することで、現場で鍛えた人材を、計画的に経営レベルへ引き上げることが可能になります。
本コラムでは、「のれん分け×多店舗展開」を軸に、幹部候補育成の仕組みを実務視点で整理していきます。
なぜ多店舗展開企業では幹部候補が育ちにくいのか
現場最適に偏りやすい人材育成構造
多店舗展開企業では、店長やエリアマネージャーといった現場責任者までは育つものの、その先の「経営を担う人材」が育ちにくい傾向があります。理由の一つは、人材育成がどうしても日々の店舗運営に最適化されがちで、事業全体を俯瞰する視点を身につける機会が少ないことです。
売上管理や人員配置、オペレーション改善といったスキルは磨かれても、投資判断や中長期の事業計画、ブランド戦略といった経営的な意思決定に関わる場面が限定されてしまいます。その結果、「優秀な店長止まり」の人材が量産されてしまうのです。
「雇用の延長線」にあるキャリアの限界
もう一つの要因は、キャリアパスのゴールが曖昧なことです。多くのチェーン企業では、「店長→エリアマネージャー→本部スタッフ」という画一的なルートしか描かれていません。この延長線上に経営者像が見えない場合、優秀な人材ほど「この会社でこれ以上成長できるのか」と疑問を抱き、独立や転職を選択してしまいます。
この構造を打破するには「雇われる立場」の延長ではなく「事業を任される立場」へと移行できる選択肢を用意することが不可欠です。
「のれん分け」を人材育成に組み込むという発想
のれん分けの本質は“経営機会の付与”
のれん分けというと、従業員の独立支援や退職対策として語られることが多いですが、本質は「経営機会を段階的に与える仕組み」にあります。ブランド、ノウハウ、既存顧客といった経営資源を活用しながら、限りなく実践に近い形で経営を経験させることができます。
これは座学や研修では決して代替できない学習機会であり、幹部候補育成において極めて有効な手段です。
多店舗展開との相性が良い理由
のれん分けは、単店舗ビジネスよりも多店舗展開企業との相性が良い制度です。なぜなら、直営店を「育成の場」とし、一定の基準を満たした人材に対して、既存店舗や新規出店を任せる形でスムーズに移行できるからです。
さらに、本部としては直営比率を下げながらもブランド統制を維持でき、人的投資を抑えつつ出店スピードを確保することが可能になります。
のれん分け×多店舗展開 人材育成スキームの全体像
ステップ1:幹部候補の早期選抜
最初のポイントは、「独立させたい人」ではなく「経営を任せられる人」を基準に候補者を選ぶことです。
売上実績だけでなく、
- 数値管理能力
- 部下育成力
- 価値観の共有度
といった要素を多面的に評価します。
この段階で、将来的にのれん分けを視野に入れていることを本人に伝え、キャリアの見通しを明確にすることが重要です。
ステップ2:店長・複数店舗管理の経験
次に、単店舗の店長業務にとどまらず、複数店舗のマネジメントを経験させます。複数店舗を束ねることで、現場最適から全体最適への視点転換が促され、経営者に近い思考が身につきます。
ここでは「数字で語れるか」「人に任せられるか」が重要な評価軸となります。
ステップ3:のれん分け予備軍としての実践訓練
一定の基準を満たした人材は、「のれん分け予備軍」として位置づけます。このフェーズでは、損益責任をより明確にし、擬似的な経営者体験を積ませます。
例えば、担当店舗のPL管理や採用計画への関与、販促施策の立案など、意思決定の幅を広げていきます。
ステップ4:のれん分け・事業承継の実行
最終段階として、既存店の譲渡や新規出店を通じて、のれん分けを実行します。
重要なのは、「完全に切り離す」のではなく、一定期間は本部が伴走する形を取ることです。
これにより、本人の成長を促しつつ、ブランド価値や事業の安定性を担保できます。

キャリアパス・評価制度・報酬設計の実務ポイント
ゴールを複線化する
すべての幹部候補がのれん分けを目指す必要はありません。本部幹部として経営中枢を担う道、エリア統括として複数事業を管理する道など、複線的なキャリアパスを用意することで、人材の多様な志向に応えられます。
「いつ・何を達成すれば次に進めるか」を明確に
キャリアパスは抽象的では機能しません。売上、利益率、人材定着率など、定量・定性の基準を設定し、次のステージに進む条件を明確にすることが不可欠です。
短期成果と中長期視点の両立
幹部候補育成では、短期的な売上成果だけで評価すると歪みが生じます。人材育成や組織づくりといった中長期的な価値を評価項目に組み込むことが重要です。
のれん分けを「最大のインセンティブ」にする
金銭報酬以上に強い動機付けとなるのが、「自分の事業を持てる可能性」です。のれん分けという明確なゴールを用意することで、日々の業務に対する当事者意識が大きく変わります。
教育・育成の具体策
座学+実務+対話の組み合わせ
経営知識の座学、現場での実務経験、そして経営者との定期的な対話。この三点を意図的に組み合わせて設計することで、学びを単なる知識習得で終わらせず、実践に落とし込みやすくなります。
具体的には、座学によって財務・組織・マーケティングといった経営の全体像を理解させ、その直後に現場での実務を通じて「自分の店舗・事業ではどう当てはまるのか」を考えさせることが重要です。さらに、経営者との定期的な対話を通じて、数字の見方や意思決定の背景、失敗からの学びを言語化することで、経験が暗黙知で終わらず、再現性のある知恵として蓄積されていきます。
この三点が連動していない場合、座学は机上の空論に終わり、実務は作業経験の積み重ねに留まりがちです。意図的に循環させることで初めて、幹部候補は『考えて動ける人材』から『事業を任せられる人材』へと成長していきます。
失敗を許容する設計
幹部候補育成では、小さな失敗をあえて経験させることが極めて重要です。経営人材は、成功体験だけでは育ちません。
- 判断を誤った結果として数字が崩れる
- 部下が思うように動かない
- 施策が期待通りの成果を生まない
こうした現実に直面し、その要因を自ら考え、修正していくプロセスこそが、経営力の源泉になります。
ただし、ここで言う「失敗を許容する」とは、無制限に任せて放置することではありません。本部があらかじめリスクの範囲を設計し、致命傷にならない領域で挑戦させることが前提です。たとえば、投資金額の上限を設定する、意思決定前に必ずレビューを挟む、PLの一部項目のみを任せるなど、コントロール可能な枠組みの中で裁量を与えていきます。
このような設計のもとで挑戦の機会を与えることで、幹部候補は「失敗しないために指示を待つ人材」から、「失敗を前提に考え、立て直せる人材」へと変化していきます。結果として、単なる優秀な現場責任者ではなく、環境変化の中でも事業を任せられる、真の実力を備えた経営人材が育っていくのです。
のれん分け事例
事例①【飲食チェーン】店長止まりを防ぐための「段階のれん分け」
背景
首都圏を中心に20店舗以上を展開する中堅飲食チェーンでは、店長の離職が続き、出店スピードが鈍化していました。ヒアリングの結果、優秀な店長ほど「将来が見えない」ことを理由に独立・転職していることが判明しました。
施策
同社では、のれん分けを最終ゴールとした育成ステップを明確化しました。
- 店長昇格時に「のれん分け候補制度」を明示
- 2店舗目の管理を必須経験とする
- PL責任を一部委譲(人件費・販促費)
- 既存店の営業譲渡によるのれん分けを実施
成果
候補者は「雇われ店長」ではなく「将来の経営者」としての自覚を持つようになり、数値管理力・人材育成力が大きく向上しました。結果として、のれん分け実施後も本部との関係性は良好に保たれ、エリア拡大の核人材として機能しています。
事例②【小売チェーン】多店舗管理を通じた経営視点の育成
背景
地方を中心に多店舗展開する小売チェーンでは、エリアマネージャーが単なる巡回管理者になっており、主体的な改善提案が出てきませんでした。
施策
同社では、のれん分けを前提とした「プレ・オーナー制度」を導入しました。
- 担当3〜5店舗を「一つの事業単位」として管理
- エリア単位での損益責任を付与
- 予算策定・投資判断をエリアマネージャーに委譲
- 成果次第で新規出店を任せ、のれん分けへ移行
成果
数値の見方が「前年比」から「収益構造の理解」へと変化し、在庫回転や人員配置に関する改善提案が増加しました。結果として、のれん分け後も複数店舗を束ねる“小さな本部”として機能しています。
事例③【サービス業】直営比率を下げながら幹部を育てる
背景
人材依存度の高いサービス業チェーンでは、本部人材の疲弊と直営店管理コストが課題となっていました。
施策
のれん分けを「出口」ではなく「中間ゴール」として再定義しました。
- 店舗責任者にブランド運営権限を段階的に移譲
- SV業務の一部(店舗巡回・指導)をのれん分け店舗に担わせる
- 本部は教育・ブランド統制に専念
成果
現場に近い立場での意思決定が可能になり、顧客満足度と従業員定着率が向上。本部は人を増やさずに多店舗展開を継続できる体制を構築しました。
まとめ:人材育成は「仕組み」で決まる
幹部候補が育たない原因の多くは、個人の能力や意欲の問題ではなく、育成の仕組みそのものが設計されていないことにあります。現場で成果を出した人材に対して、
- どのような経験を積めば次のステージに進めるのか
- どこまでの権限と責任を任せるのか
- その先にどのようなキャリアのゴールがあるのか
が明示されていない状態では、人は成長の方向性を描けません。
「のれん分け×多店舗展開」というスキームは、この問題に対する一つの実践的な解です。本部が意図的に設計することで、
- 店舗運営の延長線ではなく「事業運営」を経験させる
- 単店舗視点から、複数店舗・エリア単位の視点へ引き上げる
- 雇用関係の中では得にくい“経営当事者意識”を育てる
といった育成効果を段階的に生み出すことができます。
重要なのは、人材を制度で縛り付けることではありません。
- 成長したい人には、成長できる舞台を用意する
- 任せられる人には、段階的に経営を任せていく
- 本部は管理者ではなく、育成と伴走に役割をシフトする
こうした発想転換こそが、「人が辞めない会社」ではなく「人が育ち、次の担い手が自然に生まれるチェーン企業」をつくります。
人材を引き留めるのではなく、成長の舞台を用意する。 その積み重ねが、結果として持続的に成長し続ける多店舗展開企業の基盤となるのです。









